スチール/黒川排除 (oldsoup)
 
トに入れる。彼はわたしの待ち人ではない。しかし彼はわたしの横に腰を下ろした。彼は今ひとりの知らない眼鏡の紳士だ。ひとりの知らない眼鏡の紳士が手の甲に煙草を押し付けてくる。それが熱い、ひどく熱い。わたしはすんでのところで言葉を押し殺した。黙ったのだ。
 電車が柳のように速く流れた。だが音だけだった。鉄橋は鉄橋らしからぬ性分にがたがたと己の身を揺らしていたがもう終わっている。
 時計は動いているようにも動いていないようにも見えた。秒針がないからだ。見れば秒針は遥か上空に回転を極めている。明らかに遠ざかりながら、視力の低いわたしにも明らかに。夜を引き連れているんだと彼が言った、その時彼の声を初めて聞
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