しおまち/亜樹
――ざん。
鯨ではなかった。
祭ではなかった。
自分が待っていたものは。
この、頬を撫ぜる、皸で荒れた、細やかな手。
脇から自分を睨むように見つめる幼児。
いや、あれは、泣きたいのをこらえているのだ。
ほら、あんなに大きく目を見開いて、潤ませて。
――ざ。ざざ、ざ。ざざん。
ああ、わたしが待って、いたものは。
目を覚ましてみれば、もう疾うに日は暮れていた。どれほどまどろんでいたのか検討もつかなかった。ただ確かなのは、夜中だということだけだ。今日は月さえ出ていない。厚い雲に覆われ、微かな影を漏らしていた。
ぼんやりと余之介は己の手
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