しおまち/亜樹
いようと、口が人と比べて少しばかり大きかろうと、自分の妻を美しいと自分は思っていた。
大口を開け、屈託なく笑う様が見てみたいと、そう思っていた。
口に出して云った事は、無い。
云えばよかったのかも知れない。
云えばよかったのだ。
――どぉ、ん。
今でも遅くは無いのだろうか。
ふとそんな思いがよぎる。
自分はもうひどく年老い、涸れ果て、目すらも霞む。けれども目の前の妻は、手には皸をこさえ、微かに御髪も乱れてはいたが、まだ十分に美しい。別れたときと同じように。
「――」
もう一度名を呼んだ。頬に触れるその手を取ろうとして、漸く気づく。
――
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