しおまち/亜樹
 
―ざく。ざく。ざ、く。

 切り刻んでいるうちにその破片は海に解ける。海に、還る。このままでは自分は沈んでしまうのでないかと、ふと恐ろしくなって、その手を止めると、もう鯨は跡形もない。手に握った包丁すらない。あんなに飛び照った血すら海水に変わったものか。もはや鯨の証拠は何処にもない。
 ぼんやりと自分は海に浮かんでいる。
 けれど何の感慨もない。ならば鯨ではないのだ。自分が待っているものは。こんな、義務化した作業で消え去ってしまうような、そんな儚いものではないはずだ。
 海から濱を見る。妙に明るい。そうか、祭りだ。自分が鯨をとったから、濱の祭が始まったのだ。その獲物はもう海へ帰ってしまっ
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