しおまち/亜樹
 
た。今日はもうこのあたりで泊るつもりでいる。どこぞ宿場があるか訊かねばならない。この気温で凍え死ぬことは無いだろうが、夜露は避けられない。できることならと床の上、そうでなくてもせめて屋根のあるところで眠りたかった。
 海はもう目の前だ。その松との距離も目と鼻の先だ。そして、畑仕事で鍛えられた余之介の声は無駄にでかい。
 聞こえないはずが無い。
 案の定老人は緩慢な動作で振り返った。日焼けした肌が皺の深さを際立たせている。頭蓋の中に落ち込んだ目玉は小さくはあったが、確かに余之介の姿を捉えていた。
 けれどそれだけで老人は何も言わなかった。
 余之介は特に構わなかった。よくあるといえばよくあ
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