ヌーヴェル・ヴァーグという美学 ; 批評“そのもの”として/葉月二兎
 
見が一致することなどないのだ。(「自分を理解してくれる人の言葉だけ聞いていればよい」というのは、自分自身の宝しか見ることをしない臆病者、あるいは、彼らの車を飛ばすガソリン代までケチる守銭奴の言葉だろう。)むしろ、フレームの内では〔作品:作者:読者〕それぞれ個々の“決断/判断;decide”と、()との差異に眼を向けなければならない。その差異とは、フレーム外の音と彼らのいるイマージュ(あるいはモンタージュとのズレ)として現われる。

Dancing at the cafe - Bande a Part
http://www.youtube.com/watch?v=I
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