五十日目の日記/縞田みやぎ
 
けで歩いていた。靴を貸したが,もう歩けないとへたりこんでしまったので,背負って大きな橋を渡った。背中で謝られ続けて「いいがらばあちゃん,しっかりつかまっでございよ。」とだけ言った。相方が,実家の父の運転で帰ってきてくれた。双方の実家の人々も無事だった。それからは2人で一緒に避難所運営と安否確認をした。何人も見つけた。子供らを助けてくれた人に,泣きながら頭を下げた。ヘドロのまちですれ違った,包まれて運ばれていくのは幼児の大きさだった。うちの子供らも,何人も,亡くなっていることを知った。知り合いの訃報が,毎日,毎日,入った。盗人や略奪や暴力を何度も,何度も,何度も見た。道路の脇で疲れ果てた年寄りが座り
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