五十日目の日記/縞田みやぎ
 
ジンに水を入れてはだめだ。慎重にハンドルを切る。水に入る寸前で車の向きを変え,あとは左斜め前に向かって走ることで,エンジンに水が入らないようにする。ばばばばばばばと水が車体にはじけて押される。ほんの数秒のことがとんでもない長さに感じた。
 なんとか突破した。振り返らない。あれはだめだ。この橋も土手もだめだ。もう退路がない。だとしたら帰らねば。自宅はアパートの2階だからきっと何とかなる。途中の道はまだ冠水していないが,地震により,深く大きな穴がたくさん道路にあいている。慎重に避けながら走る。
 もう防災無線やサイレン,ありとあらゆる緊急車両のサイレンは音として意識できなかった。
 家の区画は,
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