【批評祭参加作品】遊びごころという本気 ー辻征夫試論ー/石川敬大
 
物船が
 ゆっくりと航行していたが
 海が見たいわけではなかった
 まして遠くを 遠くには夢が
 などとばかげたことを思って
 いるわけではなかった
 ただ悲哀のネッカチーフを首に巻いて
 あしたは崩れるにちがいない
 瓦礫の堤防に立って遠くを見ていた
      (以下、省略)

 現代詩文庫の解説『現代的抒情の根源へ』で、野沢啓は辻の詩法を「表現を呼び寄せる仮構の意志のなかに過剰なまでの演技性がもちこまれている」と指摘しており、わたしはそのことに同感する。この詩もなんらかのドラマがあるわけではない。堤防の上から遠くを見ていた(わたし)ひとが、後半では見られる存在となる不思
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