【批評祭参加作品】近代詩へのリンク ー富永太郎試論ー/石川敬大
は小さな音楽会へ出かけて行っ
た 乾いたドアにとざされた演奏室 固い椅子に
腰かける冷酷なピアニスト そこでは眠りから拒
絶された黒い夢がだまって諸君に一切の武器を引
き渡す 武装がゆるされた 人よ 愛せ 強く生
を愛せ (『秋』の一連目より)
富永の詩と田村の詩の明らかな違いは、傷を負った陰鬱な対自意識の性急さと対他的歴史意識だろう。年を経た後代の目からみると富永は「近代の自我中心主義」(渋沢孝輔)という陥穽に落ち込んだ詩人と見えるかもしれない。明治の家父長制度のリゴリズムからの遁走は果たしても、ファナティックな近代とその規範からは完全に自
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