イッチャの背中/せかいのせなか
阪にいるらしいという噂は聞いていたし、会おうとおもえば電車に乗って一時間とすこしで会える距離なのに、ふしぎと連絡もとらなくなっていった。
二年ほど前に、一度だけイッチャをみかけた。終電まぎわの京阪の駅で、まもなく近畿を台風が直撃するという九月のおわりだった。イッチャは淀屋橋行きのホームに立っていて、あいかわらず沼のような目でとろんと虚空を眺めていた。雨が横殴りにふっていて、線路からホームまで水滴がはねかえってくるような夜で、一杯機嫌でわめき散らすサラリーマンや高校生くらいの男の子たちの群れのなか、でくのぼうのように立っているイッチャの周囲の空気だけがあきらかに重く沈んでいた。彼は、この世のど
[次のページ]
戻る 編 削 Point(6)