イッチャの背中/せかいのせなか
った。ぬるくなったビールのコップが手のひらのなかで薄気味悪く濡れていた。イッチャの目はしらふのときでもとろんと濁っていて、けれどそこに自己愛みたいなものがひとかけらも感じられないことが彼の印象を独特なものにしていた。湖のように澄んではおらず、どちらかといえば沼と形容したほうが適当だったが、そこに浮かぶ水草や木片のひとつひとつにその場所にある必然性とほのかなおかしみがやどっている、そういう目だった。若くて焦ってるやつはどんどん自分みたいなものをつくりあげようとする、ファッションとか好きな芸能人とかさ、自分を何重にも枠にはめてくんやな、名前がついてへんのが怖いからや、そういうことをせえへんからあんたは
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