つわる/salco
 
るかのようだ
人生さえも、
その時はまだ別世界の出来事だった

それはひんやりとした
刺すような空虚の刺激だ
摂氏37度の海水の心地良さは
とうに失せたとは言え、
狭く柔らかな暗黒世界の安寧へは
もう二度と戻れない

チューブの絆が断ち切られ
引きずり出された極小の半漁人は
頑なに眉根を寄せていたが、
海水を吐き出さされ肺呼吸を強要されると
その斬新な痛みと喪失との衝撃に
拒絶の絶叫を
人類の第一声を上げる
しかしそれはか弱い声だった
おぼつかぬ、
それで誰も目を覚ましようのない程の
か細い抗議だった

あの月面下の海水とは似ても似つかない
肌がひり
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