ジュリエットには甘いもの 後編/(罧原堤)
こにいる。俺を見あげている」
彼らは背筋をピンと伸ばして聴く体制で座っている。くつろいでいる雰囲気は微塵もないのである。何か些細な事でも見逃すまいと、かすかな物音でも聞き漏らすまいと身構えて、蘭野を注視しているのだった。
だが、翌日の早朝、蘭野は靴磨きに出かけなければならなかった。それが彼の唯一の収入源なのである。そして日々の糧を得ては観衆の前に戻ってきてひとり酒を飲むのであった。くる日もくる日もあくる日も皆の靴を磨いていた。おもな客層は電車に乗りこみ通勤するサラリーマンたちだった。そのため蘭野は彼らが始発の電車に乗り込む前に駅前広場に、まだうす暗闇の空の下を、出向いていかなければならなか
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