ジュリエットには甘いもの 後編/(罧原堤)
 
抜けの術でするする鎖の束縛から脱すると、荒波の中を平泳ぎで沖のほうへ泳いでいった。どうやら奴は生き延びそうだった。蘭野は追う余力もなくなっていて、なんとか、木船を波止場まで戻すのが精一杯だった。
「ボートでくればよかった……」と、言いながら。
 黒猫が天使に囁いていた。
「リンはまた失敗したようだね」
 と。
 天使は、「いつものことさ」と、鼻で笑う。「たらればばっかしだ」
 昔、蘭野凛はこの舞台で、この小ホールの支配人に騙されて、
「お前は世界一の歌い手だ」と、そそのかされて、その言葉を真に受けて、オペラを歌っていた。この小ホールの勝利者には美女からの祝福の口付けが授けられると聞か
[次のページ]
戻る   Point(0)