ジュリエットには甘いもの 中篇/(罧原堤)
彼女はずんずんと兎が天敵から逃げるように駆けてゆく。僕は彼女を見失うまいとあちこち引っかき傷を作りながら、後を追った。しばらく降りていると、多義子は立ち尽くした。
「このへんだったんだけど……」
あたりをキョロキョロ見廻して、何かを探している。紅葉した木々が、少しばかり、立っているだけの赤茶けた土地だ。
「どこにも何もないね」
「うん、そうねぇ。地形が変わっちゃったのかな」
どこからこれほど沸いてきたのか、驚くほどに、どす黒い雨雲がとても早く流れてきて、何重にも空を覆った。雨の降る前にと、急いで歩を進め始めたが、みるみるまに霧が視界を遮り、どこへ向かっているのかも見当がつかなくなって
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