ジュリエットには甘いもの 前編/(罧原堤)
 
らず寝入っていたが、そっとしておいた。荷を降ろし、ただ隣りに座らせてもらうだけのこと。椅子などないが。じかに地面に。大胆かつ不適に。そう、それが私を私たらしめているすべて。静寂。冷えこんできた。しっとりと、雨も降ってきていて、雨滴で閉ざされてゆくその入り口まぎわにそっと手を伸ばしてみる。届かないことを承知で。ただ戯れに。明滅を繰り返す夜空。雷鳴がとどろいていて。──いかずちのような激しさでこの日の出来事を若者は後年、こう語ったものだ。
「いつものように俺は寝てたんだ、そしたら誰か入ってきやがった。ものすごい足音でだ。馬の群れが通り過ぎてゆくような。見知らぬ男だった。俺は目をつむって寝たふりをして
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