鈍き罌粟の季題/井上法子
 
}羊水(春)

コイン・ロッカーのコインが着地する
その音を聞いて
呼気をつきはなす
わきまえてなまえを呼んでも
まだないのだから

うぶごえをあげる
こっちへ来なさい、
と あなたがそれを引っ張りだす
瞬間においがする
それは真っ赤な改札で

ぶつけようとしたことばに
あなたは蝶を住まわせて
ふりかえらず
  
春の水の中を泳いでゆく


}血(夏)

それは瞳でした
過去をつなぐ線路に置き石をしたい
脱線した車両からはみでるたくさんのわたしが
希求しているそれぞれの未来を想いたい

書くことは血をながすこと
赤いものは何も生まない森へと
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