かんばんむすめ/渡 ひろこ
 
だよってきた
挽き肉を炒める芳ばしい匂い
思わずよだれが出そうで鼻がヒクヒクした


営業中はおあずけだから
そんなときはいつも
ここを訪れた人たちが落としていった
音楽や朗読のかけらをひろって食べる


ついでに窓際に積まれた
ニーチェや島崎藤村もかじりたくなったけど
カタそうなので
代わりに隅田川から流れてくる風を読んだ



昼下がり川面からの便り


天井裏からかすかな獣の匂い


店先で芭蕉の化身の蛙が跳ねた



ガラガラとすり硝子の引き戸を開けて
詩人だという女のひとがやってきた
わたしの頭を撫でて「看板娘だね」と言う

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