秘密荘厳大学文学部/済谷川蛍
 
 一

 大学の食堂でいつものように一人でヘルシーな食事を終えて食器を片づけたあと、生協へ冷やかしに行くと一人の学生から声をかけられた。
 「秋山さん、あの、ちょっといいですか」
 声をかけてきたのは1回生の学生である。彼は器量がいいことで知られていた。今まで会話をしたこともなく、自分の名前を呼ばれて驚いた。私は若干戸惑いを覚えつつも落ち着き払ってこたえた。
 「何」
 「秋山さんはヘッセに詳しいですよね」
 「いや、あまり詳しくないよ」
 彼は少し焦ったそぶりを見せた。実際、私はヘッセの研究者でもなく、熱心な読者でもない。ただ何となくノーベル賞作家のファンだとカッコがいいので尊敬
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