知るひと/恋月 ぴの
すべてを失ったはずだった
あれから家に辿りつくまで幾度と無く転んでしまい
死装束にと亡き父に誂えてもらったリクルートスーツ着てきたのに
あちこちに鍵裂きを作ってしまった
死への船出がこんなにも怖いものとは思わなかった
命からがら涙と鼻水を袖口で拭い
もげたヒールに膝をがくがくさせながら自宅に辿りついてみれば
家族の皆がわたしを心配してくれていた
「俺、明日から仕事探してみるよ」
引きこもりで学校もろくに出ていない弟が殊勝なことを言ってくれ
気付けば介護無しに起き上がれないはずの母は台所で石狩鍋の下ごしらえを始め
不肖な弟はそんな母の手伝いにと甲斐甲斐しくも
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