知るひと/恋月 ぴの
くも精を出す
そして、わたしには見向きもしない飼い猫まで
足元にまとわりつき片時も離れようとはしなかった
鍋を囲む湯気の向こうには心底安堵したような表情ふたり
いつものと同じ無口でも
これこそ家族の絆なんだと実感できる、あたたかさが確かにあった
お仏壇にも石狩鍋と蜜柑のお供え
久しぶりに灯したろうそくの炎
お線香のくゆる香りまでもわたしの帰りを待っていてくれたようで
ねんねこを羽織った女のひとに続いて乗船タラップを渡る際
目深にかぶった船員帽からわたしを値踏みする亡霊の腐臭漂う眼窩に慄き
乗船寸前のフェリーボートからどうやって逃げてきたのだろう
お前は逃がさぬと首根っこ摑まれそうになったのだけは覚えているのだけど…
身体のあちこちにできた擦過傷も何とか癒えてきて
久しぶりにあの鍵穴でも覗いてみようと小春日和の黒塀を訪れてみれば
なんてことか、それは紛うこと無く板材に開いた節穴に過ぎなくて
「お前の目は節穴か」
そんなことばの意味合いは自分自身のこころうちにあることを知る
戻る 編 削 Point(23)