邂逅/熊野とろろ
好きではなかった
電車に乗る時も誰とも遭遇したくないと
いつも思っていた
そういった感情のなかでは
幸運にも誰とも遭遇しなかった
おれは喫煙スペースと書かれ
縦長の灰皿が置かれているところで
ベンチに坐りメンソールの煙草を吸った
*
何台も何台も電車が通過していく
この駅は行き先が分岐するので乗り換えが多く
人が幾度も行き替わる
ハイヒールが階段をコツコツ昇る音がする
電車が到着するたび熱風が吹きつける
おれはじりじり焦がれる真夏の空を見上げ
自分までもこの灼熱に蒸発してしまう気がした
「兄ちゃん、火ぃ貸してくれや」
蝉の鳴き声に埋もれ一瞬ひとの声とも
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