高原詩編/右肩良久
るほか、音もなかった。
高原の緩い起伏の向こうに、ホテルが一軒見えた。大きな切石を積んだ広壮な建物が、各階ごとに一列に並ぶ窓のそれぞれから、こちら側へ強い光を放っている。まだ明るいうちには看板に「HOTEL」と書かれた文字も見えていた。僕はあの建物を夢に見たことがある。いつとも特定できないずっと昔、まだ幼児の時代のはずだ。だが、こうして歩き続けているのにいっこうに建物との距離が縮まない気がするのは、今もまだ夢の中にいるのかもしれない。夢でもなんでもないただの現実が、ここでは「退屈な現実」という形すらとりえないのであろう。現実が夢の領域に崩れ込んでいるというわけだ。
ホテルの窓ごとに
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