RANRARARAN氏へ とりあえずうかうかと釣られてみたまで/山田せばすちゃん
そ文法に無自覚でいられたというほうが正しい分析なんじゃないかと思うけどね。
んで詩の形式として短歌だけが古来から生き延びているとか言う与太についてはじゃあソネットはどうなんだよと軽く突っ込みを入れておくことにする。
つかここまでって前置きなんだろうけどこの前置きは何のために置かれているかといえば日本人が文法に無自覚であるという前提を引き出すためでしかないんだよな。んでもってここで間違えてはいけないのは「日本人は体系としての文法に無自覚であった」というだけで、「日本語の文法そのものがなかった、もしくはいい加減であった」わけではない、ということだ。さて、その前提が後半どこで使われるのかと思って読み
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