二千九年、LOVE/捨て彦
るのだッた。伊藤は芙蓉の優しさ、他人への思いやりというものを是まで幾度も眼の当りにしてきた。そしてその彼女の精神に尊敬の念すら抱いている。だが其れと同時に、彼女の持つ、心の奥底に自身の不満を遠く沈めてしまうという性質、そして其の深淵には例え伊藤でさえも踏み込むのが困難だという事実に、彼は事あるごとに打ちのめされてきた。
何故僕にさえ全てを話してくれないのか、伊藤は何時もそう云ッて芙蓉に詰め寄る。その度に芙蓉は何時も、悲しそうな困ッた様な笑みを浮かべ、済みません、と小さく云ッた。其れでも中中語ろうとしない芙蓉。其れでも粘り強く会話を図る伊藤。彼女はそうしてやッと、少しずつ自身の本音を語り出すのであ
[次のページ]
戻る 編 削 Point(1)