毬藻/黒田康之
 
自分は自身の父親の生を、彼の語った戦後ではなく、この二十一世紀の現在に生きていて、彼の父は彼の壮年期と老後を、すでに三十七年も生きているのが現状らしい。しかも彼の妻は元来ふくよかな女であるらしいし、すでに他界した母親もまた違うタイプであると彼が語ったので、私は彼の錯誤が破綻しかけていること、正常な感覚を取り戻してきつつある感触に歓喜しつつ、表情を変えずに、そのことを抑揚のない日本語で発音した。
 すると彼は、自分の妻は、本来はのっぺりとした才媛だと繰り返した。私は吹き出しそうになった。それはその女が中年太りになっただけだと快哉を叫ぼうとしたが、当然それはせず、小声で、お太りになられたとか、と告げ
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