毬藻/黒田康之
 
学説すらもあるからだ。美術家の幻視も有用だが、功利的ではない。ただ逆に無効な幻視も数限りなく存在しているのだと、私は視線を落とし、息を潜めながらそう考えた。時間を論理的に表現することなど思想史の一大難問なのでここでは言うまい。しかしながらパラレルワールドという彼の視座はおおよそ彼の外には現実感を持たないものだと、極めて冷静に私は考えていた。そうして、彼に現実の感覚がなくなっているのではないかと告げた。これも極めて職業上の口調だった。すると彼は初めて口を開いた。
「わかってもらえないようですね」
 彼は床に置いた黒いブリーフケースをごそごそとまさぐると、そこから二葉の写真を取り出した。一枚は旅行
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