暴力と責任、若しくは<善悪の彼岸>−「存在の彼方へ」を読んでみる11/もぐもぐ
 
倒的な威力」を間近で感じた人は、それに対する判断を加える間もなく、その威力に自発的に服従するだろう。それは善でも悪でもない。逆にその場所こそが、全ての善悪道徳の発生する場所である。

こうした議論を見ていて思い出すのは、やはりニーチェの議論である。「善悪の彼岸」や「道徳の系譜」の中で、ニーチェは道徳の発生源を、恐ろしい残酷さを持った金毛獣(野蛮人)によるものといったような言い方をしている。描き方こそ違えど(ニーチェは「神」の威力などは持ち出さないで、あくまでヨーロッパを荒らしまわった野蛮人(ゲルマン人)についての「歴史の記憶」のようなものとして話を進める。ニーチェのレトリックには「似非科学」色
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