「大胆」な「懐疑論」と異なった「リアリティー(現実)」−「存在の彼方へ」を読んでみる8/もぐもぐ
迫力があったからだろう。)
(実際にヘーゲルが「他律」重視でハイデガーが「自律」重視なのかは一概には言えない。が、一般的な受け止められ方として、ということ。)
それでは「倫理」に関心のあるレヴィナスとしては、「自律」を重んじるハイデガーの議論にのっかれば、それで十分ということになるのだろうか。しかし、「自律」というのは、実は諸刃の剣である。大体、一般的に言って、「倫理」上の「自律」が主張されるときほど、胡散臭い場合はないのではないか。人間がそこまで積極的に自分を律することが出来ないからこそ、法その他の各種の工夫が必要になってくる。それなのに今更「自律」を主張して一体何になるというのか。
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