「大胆」な「懐疑論」と異なった「リアリティー(現実)」−「存在の彼方へ」を読んでみる8/もぐもぐ
 
「真理なんてない」そう私たちは言うことができる。
このとき私たちは「真理」を語っているのだろうか。
「真理なんてない」。こう主張する「懐疑論」は、「真理」なのだろうかそれとも単なる「断定」なのだろうか。

レヴィナスは「懐疑論」を「大胆」なものと呼ぶ(「懐疑論は『おそれることなく』言表の不可能性を肯定する。言表が不可能であることそれ自体を言表することによって、懐疑論は『大胆にも』言表の不可能性を実現するのだ」。「存在するとは別の仕方でを思考するためには、懐疑論が誇示するこのような『大胆さ』に勝るとも劣らない大胆さがおそらくは必要である」(p32))。
「懐疑論」を「大胆」というのは、恐ら
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