赤い屋根の多い町/かいぶつ
蛍光ペンで引かれた地名は
僕の好きなフランス映画に出ていた
女優と同じ名前なんだ
傘を差しながら
バスを待っていた
遠くで子どもの泣き声がする
母親の叱り声が
落雷と重なり
僕は驚いて
ひとつバスを乗り過ごしてしまう
バスの中で
男たちがしていたように
掌の匂いを確かめてみた
ただ草の匂いがしただけだったが
これが母親の匂いなんだろうかと思うと
胸が詰まり
また車窓のほうに顔を向け
なるたけ遠い電線を目で追った
気がつくと朝だった
車掌さんに肩を揺すられ
バスを降りると
空も砂浜もブルーで
まだ歩き出すには早いだろうと
近くの自動販売機で
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