此方の景色/因子
 
術など存在しないらしかった。人間の細胞は目まぐるしく入れ代わっているというが、もう何年もずっとそこに居座っているような分厚く罅割れた指の皮を見ていると、それも誰かの嘘のように思われるのだった。
私はサイズの合っているんだかいないんだかわからないコートの襟を立てて掻き合わせる。私が中学生の時からこいつはずっと中途半端な大きさで不器用に私を包む。
この人生のどこかで私は勘違いをしたのだと思う。それがどの時点なのかは定かでない。中学二年か高校一年か、母親の腹から生まれてきたときからか、それとも今この一瞬一瞬を勘違いし続けているのか。
私は小説を書いている。書いて生計をたてていることになっている。実
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