『狐憑き』/しめじ
る「峯家」の出し巻き卵を食べたいと言っていたので、街へ出たついでに買って帰ってやった。新聞紙に包んで懐にしまう。熱をできるだけ失わないように肌着と着物の間に挟んで家路を急いだ。
「冷めないようにと思ってね懐に入れてきたのだよ」
そう言って私は懐から包みを出して妻に差し出す。包みを受け取った妻はちょっとの間それを手にとって眺めた後、いきなり庭先に向かって包みを投げた。庭の赤土の上で包みの中身が露呈する。まだ湯気の立っている出し巻き卵は猫の糞のように無様に見えた。やがてカラスが飛んできて庭に落ちた玉子焼きをさらっていった。妻はそれを見て終始笑っていた。
その晩妻が出奔した。
[次のページ]
戻る 編 削 Point(1)