虚偽と忘却のエピソード/atsuchan69
 
?」
 彼は押し黙り、「後部座席に長靴がふたり分ある。それを履いて降りよう」と言った。
 まず先に彼がクルマを降り、わたしも恐るおそる外へ出た。
 「あの空は、不気味だな。いっそ星空の方がマシだ」
 「お望みなら、可能だがね。しかし安全上、それは出来ない」
 その時だった、
  
  私は、下町の針子
  空腹と吐息にまみれて
  仄かな夜のしじまに
  純白のドレスを縫いつづける

 とおくで、哀しい詩を口ずさむ声がした。
 「人だ、人がいる」と、わたしは言った。「おい、なんでこんな場所に人がいる」
 「ちがう、あれは人ではない」
 Yが大きくかぶりをふった。
 
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