批評祭参加作品■余白について考える試み/岡部淳太郎
狙うようなことが多く試みられている。余白がただの紙の余った部分ではなく、そこに書かれた文字と連動することによってその存在が意識されるという構造になっていて、余白の存在によって詩が引き立つようなところがある。それが詩における本文と余白の関係性であろう。このように詩、とくに複雑化して様式が一定ではない現代詩は、余白への意識が高い。何も書かれていない余白を詩の一部として利用しようという考えが、さほど意識的にではなくともそれぞれの書き手の間で共有されているものと思われる。
余白とは何か? それはただの未利用の空間ではなく、未利用であることが利用していることになるような不思議な空間のことであろう。詩など
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