七人の話 その5/hon
、とっさに彼は何かいうべき言葉を探した。階段で無様に転びそうになったことで、彼はばつの悪い思いをしている。しかし、言葉はみつからず、彼は彼女に声をかけられなかった。そもそも、これまでも睦夫は志穂子とあまりしゃべったことはなかった。気難しそうなひとだな、という印象を持っているくらいだった。だから、つったっている彼女の脇を抜けて、この場を何もいわずに去ろうと考えた。ところが、志穂子は睦夫の前に立ち塞がり、明らかに通せんぼをしているのである。その落ち着き払った態度には、彼がここへやってくるのを待ち構えていたふしさえ感じられた。
睦夫は彼女の顔を見つめて、表情を読もうとした。しかし、階段を照らす電気は
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