詩人たちに継ぐ/熊髭b
 
ではない。不明確なものを不明確なまま付き合う作法である。だから詩の揺らめきは、「世界」を肯定する。肯定とは、むき出しの個ではなく、器に向けられるものではなかったか。自己決定に頼りすぎた言葉は、結果的に「世界」をも切り捨ててゆく。しかし、「世界」を切り捨てないところに肯定があるのではない。「世界」を手繰り寄せるところに私は「世界」の肯定を見ていたい。


「世界」に対して、「世間」は複眼である。「世間」の複眼は「世界」の単眼を包摂し、埋没させる。「世間」の複眼から見る「世界」があり、「世界」の単眼から浮かび上がる「世間」もある。


日常の具体的日々が「世間」だとすれば、観念的な言葉に遊
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