服部剛 その詩と人/岡部淳太郎
ような詩もあることはあるが、多くの詩で彼は観察者として世の中を眺めるに留まっている。以前、先輩詩人の難波保明氏と村野美優氏を含めて僕と四人で飲んでいた時に、難波氏が「服部さんは相対的な生で岡部さんは絶対的な生だ」とおっしゃっていたが(ちなみにこの時の話は同人誌「反射熱」第1号での僕と彼の対談でも触れている)、僕と彼の詩の資質の違いを言い当てた実に示唆的な意見だった。つまり彼の場合、生への踏みこみが足りない。目の前で起こった事象をスケッチして詩という形に整えていくという方法を取っているために、他者の生も自らの生も表面をさらっと撫でるだけになってしまっている。だから、どうしてもただの綺麗事に終ってしま
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