障子の影/佐々宝砂
がある家だった。学校の帰りがけに、ぼくはよく中を覗いたよ。玄関はたいていは開け放ってあって、きちんと掃き清められた三和土と上がりかまちの向こうに、細い廊下が通ってた。廊下の横には、絶対に開いていた試しのない障子があって、そこには日本髪の女の影が映ってた。いい匂いはそこから流れてくるようだった。昔ながらの、香を焚きしめたような甘いような薬くさいような匂いさ。
うん。たぶん、それがぼくの初恋だ。ぼくは十二だった。泥まみれになってるお転婆な同級生の女の子なんか、断じて好きにならなかった。うつむき加減の日本髪の女性が、大人びて魅力的に見えたんだ。もっともぼくは、彼女の影しか見なかったんだけどね。
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