銀杯/白寿
 
だったその香りと味わいの記憶だけを残して。

私は、罰を科せられる日々の中で
この酒杯がガラス製なら叩き割ることもできるのに、
はじめから何もなかったことにできるのに、
などと思うまでに堕ちた。
まともに罪と向き合うことすらままならない。
ときに私は、他人の酒杯の内側を盗み見る。
意味のない行為だと分かっていながら、
他人の所有する酒杯の中身を覗いてしまうのは、
“何か”への執着を捨てきれないからだ。
いつか自分も……と図々しくも夢を見続けている。
他人の酒杯には、満たされて溢れ出しているもの、
半分まで注がれているもの、
横倒しになって零れているもの、
底に舐める
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