サイレン/黒田康之
伸びたススキの穂の中をかけくけてゆく。これが生なのだと、僕の胸はドキドキとした。息が不思議なくらい上がってきた。その中で断片的に、きわめて冷静な画像として、晴佳の顔が浮かんだ。眼の大きな、日に焼けた、はっきりとした顔立ちの、晴佳の顔が浮かんだ。冷静で、計算ができ、行動ができる晴佳の顔が浮かんだ。でもそれはものすごく静物めいていて、揺らぎのない顔であった。千年倒れない杉の木のように、凛として、複雑な枝振りの、晴佳の、僕はその枝葉の揺らめきしか知らないのかもしれない。それでも僕は晴佳のことが好きで、愛していて、でもふざけたキスしかしていない。晴佳は今、誰のことを考えて、何をしているのだろうか。きっとこ
[次のページ]
戻る 編 削 Point(0)