砂上の手紙/蒸発王
 
小島で玉砕していた
母は10年
海を見つめて父を待ったが
やがて
背を向け

以来海へ来たことは無かった

そんな
母が

ちょうど終戦50年の節目に
海に行きたいと言った


息子も生まれ
母にとっては初孫だから
てっきり
家族旅行のつもりかと思ったら
私と二人きりが良いという

奇妙に思いつつ
杖をついた
母の手を引き
太平洋をのぞむ海岸に立った

海を蒸発させたような
塩臭い風が
嗅覚を射抜く

大空のスクリーンは
夕闇に飲み込まれそうな
深い瑠璃と紺色をにじませ
雲のつくるうねりが
海上の波と呼び合い
空と海が一つになろ
[次のページ]
戻る   Point(9)