砂上の手紙/蒸発王
 
なろうとしていた


夕暮れ時の強い海風が
母の白髪を
ひらひらと煽る中
母は
白い砂浜の上に座りこみ
其の
砂粒を一つ
また 一つ
指先でなぞった


母の
指の動きは
点字をなぞるのと一緒だった


読んでいる


そう感じた時に
今日のこの日
太平洋を望む海岸
この海の先にあるもの

点字

母が

父の手紙を

読んでいると
気づいた

ただいま



母が小さく
おかえり と呟き

その日は
日が暮れても
一緒に
父の手紙を読もうとした


***


今年もまた
この海岸に立つ


母はもういない

数年前に父のもとへ旅立った

あの日から
私も父の手紙が読みたくて
点字を勉強した

砂上に浮かぶ
白波を縫って
砂粒をなぞって
両親の手紙を読む


踏みしめた
砂粒が
答えるように

きゅきゅ と


小さく笑った






『砂上の手紙』

戻る   Point(9)