ドリーはせせら笑う。/錯春
 
ーズアタックは起こりはしなかった。
 君は、嘘吐きでとびきり優しかったから
「あの夕陽に見えるもの、あれは本当はね。火星なのよ」
 最後のときも、そうやってせせら笑って慰めてくれた。
 ドリー。
 ドリー。
 僕は忘れたくない。
 哲学者が言ってたんだ。嘘は信じた瞬間に本当になるって。
 忘れてしまった優しい人達に混じって、君に消えて欲しくない。
 僕は君を忘れないために、いつでも思い出しているために、今日も朝起きて夜死んでまた朝になると起きるんだ。
 優しい人達は、忘れられていく瞬間も、僕を咎めたりはしない。
 ただ、そっと、存在すら消えていくだけ。
 あれは夏で、蝉が特
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