その男/草野大悟
 
結婚式の後
東京に行く娘に
「期待への忍耐」
と筆書きし、自分の名前を書き
指印した色紙をこっそり
手渡していた。
その色紙は、それから後ずっと
ふたりの心の拠り所となった。




孫は二人とも女の子で
男は、肩車をしたり
近くを流れる小川に
魚釣りに連れていったり
付近のスーパーに
お菓子を買いに連れていったりして
にこにこと
遊んでいた。

癌の家系であること
体調を崩して
定年を五年残して
退職したこと
彼女の母親を
小学校のころから
ずっと好きだったこと
などを
酒を飲みながら
話してくれるようになったころ
男は
勲四等瑞宝
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