銀河鉄道の旅1/ワタナベ
 
ことをしるには「望遠鏡」という科学を手にする必要のあることを示している。(先生)の科学は(望遠鏡)という媒体の上にはじめて成り立っているのであり、(望遠鏡)をもたぬジョバンニにとって、(先生)の科学は必ずしも万能ではない。」
そして、最後にこうしめくくっています。
「つまり、問題は科学と神話、先生と生徒という対立構造にあるのではない。ジョバンニがおとなになって「望遠鏡」という科学を手にし、銀河の星々を覗いたとき、少年の頃の
実感としての神話をどこまで保ちつづけられるか。その質が問われているのである。
そしてその答えは、ジョバンニにとっての銀河鉄道の旅という経験の中にのみ存在するのである。」
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