初夏の森には秋の風/佐々宝砂
 
りはじめたシイタケの下には
必ずうごめいてる真っ黒なヤマビル
長靴と分厚い靴下で武装しても
こいつは私を食物と見なしてくれる
食って食われて森は森である

人間がいたという確かな痕跡である切り株に坐り
薄暗い木陰でたどる『骨董』の正字旧かな
明治は遠くなりにけりだかどうだか知らないが
外つ国の人が描いた明治の女は
非人道的なほど端正でけなげで美しい
いまどきあってはならないほど美しい

私は新緑に何ひとつ託そうと思わない
とりわけモミの新緑なんかには託さない
やつらは人間のことなんかかまっちゃいられないほど
長いときを生きる
はたを通り過ぎてゆく虫のことなんか

[次のページ]
戻る   Point(18)