百万塔/カスラ
ヒンドゥの行者に河辺で会った釈尊は、行者から25年もの永き苦行の末、流れる川面を歩いて渡れるようになったと聞く。釈尊は憂いた表情で、
「なんと、痛ましいことか。河向こうへ行きたくば、僅かの小銭を船頭に渡し、乗せて行ってもらえばことすむものを…」
神という存在にたいして、不可知論の立場を取った釈迦の哲学は、徹底した現実的合理の中に生きる真理を探求したものであったのだろう。仏像を造ることも、ましてや自身の死後、それを祭るという宗教的儀礼など許しはしなかった彼が、結果自分の屍が小分けにされて拝められていることを、今やどう思っているのだろうか。
何れにせよ私ごとき浅学な者が仏教を論す
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