書店で働くということ/吉田ぐんじょう
ベイビー
と呟きながら
背表紙にくちづけをしていたら
先輩社員に叱られた
だが
そんな先輩社員も
漫画本の並んでいる棚が
初恋の人に見えることがある
ということをわたしはちゃんと知っている
たまにうっとりした顔で抱きついているからだ
店が閉店するのは午後の十時である
わたしは床にモップをかけ
剥がれ落ちた活字や
お客様の残した性欲の欠片なんかを
丁寧に隅っこに集めて捨てる
すばやく捨てないと
活字と性欲とが反応しあって
どろどろの
得体の知れない固まりになってしまうので
注意が必要だ
お疲れ様でした
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